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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決

原告 鈴木保雄

被告 東京陸運局長

訴訟代理人 小沢義彦 ほか五名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五〇年八月二九日付で原告に対してした原告の一般乗用旅客自動車運送事業免許申請を却下する旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告は、昭和五〇年六月五日付で被告に対し、一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制個人タクシー事業)の免許の申請をしたところ、被告は、同年八月二九日付で原告に対し、原告の右申請を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

二  しかしながら、本件処分は、以下に述べるとおり違法であるから、その取消しを求める。

1  道路運送法(以下「法」という。)第六条第一項の免許基準について被告が具体的に定めて公示した「個人タクシーの免許に関する資格要件」によれば、年齢について「申請日現在で三五才以上六五才未満であること。ただし、三五才以上四〇才未満の者にあつては、次のいずれかに該当する場合に限る。(1)優良運転車の表彰又はこれと同程度以上の要件による官公庁の表彰を受けた者(2)申請する事業区域において一〇年以上運転を職業とした者」という基準(以下「本件年齢基準」という。)が設けられていたところ、原告は、申請日現在で三九歳一〇か月であり、申請に係る事業区域において運転を職業とした期間が五年三か月で、かつ優良運転者等の表彰を受けていなかつたので、被告は、原告の前記申請が本件年齢基準に適合しないものとして本件処分をした。

2  しかしながら、申請時の原告の年齢が三九歳一〇か月であること及び申請事業区域外における原告のタクシー運転手の経験が八年一〇か月(申請事業区域内のそれを加えると一四年一か月)であることを合わせて考察すれば、原告の年齢と運転経歴は、本件年齢基準を定めた精神にも沿うものであり、法第六条第一項第四号所定の能力を有するものといわなければならない。法第六条第二項は、免許基準を適用するに当たつて形式的画一的に流れることを戒めているが、被告は、本件年齢基準を形式的画一的に適用して本件処分をしたものであり、本件処分は、法第六条第一項第四号の趣旨に沿わない不合理な判断に基づくものであつて裁量を誤つた違法な処分である。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張〈省略〉

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論〈省略〉

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一及び二の1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分に原告主張の違法があるかどうかについて判断する。

1  〈証拠省略〉の結果を合わせると、次の事実を認めることができる。

戦後において一般乗用旅客自動車運送事業のうちに一人一車制個人タクシー事業の制度が創設されたのは、昭和三四年であり、被告は、当初個人タクシーの免許に関する年齢の基準を「おおむね、四〇歳から五五歳まで」としてきたが、昭和四三年七月一〇日付運輸省自動車局長通達「個人タクシーの免許に関する基準(年令制限)の緩和について」に基づき、同年八月一日以降一定の要件により官公庁から優良運転者として表彰を受けている者又は申請に係る事業区域においてハイヤー、タクシーの運転者として一〇年以上業務に従事した者については免許年齢の下限を三五歳とした。その後被告は、昭和四五年二月一九日付同局長通達「個人タクシーの免許に関する基準の緩和等について」に基づき、同年三月一二日免許年齢の上限を六五歳とし、三五歳以上四〇歳未満の者について付されていた「ハイヤー、タクシーの運転者として」という要件を削除し、更にハイヤー、タクシー関係の免許事務の処理を簡素化、迅速化し、合わせて公平かつ画一的に処理するために、免許の資格要件を明確かつ具体的に定めて公開することになり、被告は、同年一一月二八日付同局長通達「ハイヤー、タクシー関係事務処理の改善について」に基づき、同年一二月三日法第六条第一項所定の免許基準を具体化した本件年齢基準等を内容とする詳細な個人タクシーの免許に関する資格要件を定め、同日付で公示し(被告が法第六条第一項の基準を具体化した本件年齢基準等を内容とする個人タクシーの免許に関する資格要件を定めて公示したことは、当事者間に争いがない。)、同月四日から公示した右資格要件のすべてを充足する者に対してのみ個人タクシーの免許を付与してきた。なお被告は、昭和四九年一二月九日個人タクシーの免許等に関する資格要件を一部変更したが、昭和五〇年一月九日以前の予備申請に係るものについては従前の例によることとされ、原告は昭和四九年七月一六日に予備申請をしていたので、原告の申請については右変更前の資格要件により審査された。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、法第六条第一項に定める免許基準は極めて抽象的であり、しかも同項にいう一般自動車運送事業には法第三条第二項所定の各種自動車運送事業を含むから、法第一二二条第一号、法施行令第四条第二項により委任を受けた被告が、多数の個人タクシーの免許申請を受理して、これを公正妥当に処理していくためには、被告においてその所管する地域の当時のタクシー業界の実情に照らし、かつ個人タクシー制度の趣旨に即して法第六条第一項所定の免許基準を具体化した詳細な審査基準を設定して公示し、すべての申請者に対しこれを公正かつ一律に適用し処理することはひとつの合理的方法であり、また被告が右審査基準を設定するに際しては運輸行政上の政策的又は専門技術的観点からの裁量判断を伴うことは明らかである。

被告が法第六条第一項所定の免許基準を具体化した本件年齢基準等を内容とする詳細な個人タクシーの免許に関する資格要件(審査基準)を定めて公示し、原告の個人タクシー事業の免許の申請が右公示に係る本件年齢基準に適合しないとして本件処分がなされたことは前記のとおりであり、かつ原告が申請日現在において本件年齢基準に適合していなかつたことは当事者間に争いがなく、また当時被告が右審査基準を公正かつ一律に適用せず恣意的な運用を行なつていたことを認めるべき証拠はないから、本件年齢基準が法第六条第一項所定の免許基準と被告の所管する地域の当時のタクシー業界の実情その他に照らし被告の有する裁量の範囲を逸脱していたと認められない限り、本件処分は適法なものというべきである。

もつとも原告は、本件年齢基準をすべての申請者に形式的画一的に適用して許否を決することは、法第六条第二項に照らし同条第一項第四号の趣旨に沿わない不合理な判断であると主張するが、右のように所管地域の当時のタクシー業界の実情等に沿つた詳細な審査基準を設定し、これを一律に適用して許否を決することは、法第六条第一項所定の免許基準を実情に沿つて運用することに帰着し、右免許基準自体を単に形式的画一的に適用するものではないから、同条第二項の命ずるところに合致こそすれ、決して背馳するものではない。

3  そこで、本件年齢基準が被告の有する右裁量の範囲を逸脱していたかどうかにつき検討する。

前記1に認定の事実に、〈証拠省略〉を合わせると、次の事実を認めることができる。

他の交通機関に比してタクシーの最大の利点は、その機動性(どこででも乗れ、どこにでも行ける。)及び恒常性(一日サービスを提供できる。)にあり、法人タクシーが個人タクシーに比して特に優れている点は、右の恒常性及び計画的、機動的な配車が可能な点にあるのにかかわらず、個人タクシー制度が創設された趣旨は、ハイヤー、タクシー業界に新風を吹き込み、タクシー業界全体のサービスの向上を図ること及び自動車の運転に長期間従事してきた者、特にハイヤー、タクシーの運転者に事業経営者となり得る道を開いて将来の夢と希望を与えることにあつたから、個人タクシー事業の免許に当たつては、このような者に対して免許を与えるようにすると同時に、他方法人タクシー事業の運転者が大量に個人タクシー事業に流出し、法人タクシー事業のサービスが低下することを防止し、その調和的共存を図るべき運輸行政上の要請がある。個人タクシー事業の免許年齢の下は、個人タクシー制度創設当初から一貫して四〇歳を原則としてきたが、その理由は、一般的に四〇歳以上であれば、運転経験が豊かで交通事故や交通違反の少ない優秀な運転者が多いこと、もはや転業の可能性、蓋然性が少ないこと、精神的、経済的に安定して、自己管理能力が期待できることなどから、個人タクシー事業を安定的かつ継続的にしかも適確に遂行するに足る能力を有するものと考えられたためであつた。そして、前記1に認定の経緯を経て昭和四五年三月一二日以降は例外的に個人タクシー事業の免許年齢の下限を三五歳とし、三五歳以上四〇歳未満の者については要件を加算して免許を付与することとなり、本件年齢基準では「優良運転者の表彰又はこれと同程度以上の要件による官公庁の表彰を受けた者一又は本件運転歴基準に該当する者に限ることとしたが、前者は、特に優秀な運転者を優遇する趣旨で、設けられ、後者は、個人タクシー制度がサービス向上をその目的の一つとする制度であることにかんがみ、当該事業区域の地理に精通していると推認されるところの長年当該事業区域で運転に従事してきた者を優遇するとともに、このような者を優遇することにより法人タクシーの運転者の定着率(ハイヤー、タクシー運転者の定着率は低く、運輸省自動車局業務部旅客課作成の昭和四九年度版旅客自動車輸送指標によれば、東京陸運局管内の個人を除いたハイヤー、タクシー運転者の平均勤続年数は、四・一年である。)を高めることもそのねらいとして設けられた。またこのように四〇歳未満の者には要件を加重し、四〇歳未満への一般的な年齢引下げを行なわなかつたのは、三〇歳代の者が法人タクシー事業の運転者の主流になつており(昭和五一年二月二〇日現在の社団法人東京乗用旅客自動車協会会員会社三三八社在籍のハイヤー、タクシー運転者の年齢別構成比は、三一歳から四〇歳までの者が全体の四六・二二パーセントであり、前記旅客自動車輸送指標によれば、東京陸運局管内の個人を除いたハイヤー、タクシー運転者の平均年齢は、三六・二歳である。)、前記のとおり法人タクシーが個人タクシーに比して優れた交通機関であることから、法人タクシー事業の運転者の大量の流出を防止して、法人タクシー事業に混乱が生ずることがないようにするためであつた。また本件年齢基準においてその基準時を申請日現在としたのは、免許申請の事務処理期間が各申請によつて種々の条件により異なり得るので、行政庁側の恣意を排除し、大量の申請を公平かつ画一的に処理するためであつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定によれば、本件年齢基準は、被告においてその運輸行政上の政策的判断に基づき法第六条第一項所定の免許基準を具体化して設定したもので、同項第四号及び第五号の趣旨に沿い、合理性を欠くとは認められなから、被告の前記裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

原告は、本件年齢基準が三五歳以上四〇歳未満の者について四〇歳以上六五歳未満の者に比し要件を加重していること及び申請に係る事業区域内の運転歴と右区域外の運転歴とで差を設けていることには合理性が認められないと主張するが、その理由のないことは右に判示したところから明らかである。

また原告は、被告が三五歳以上四〇歳未満の者に附加した要件は、法人タクシー事業のみを配慮したもので昭和四二年度通常国会の運輸委員会における審議の趣旨に沿わず、ハイヤー、タクシー運転者以外の自動車運転者との関係では合理性が認められないと主張する。

〈証拠省略〉と前記1に認定の事実によれば、当初タクシー事業の免許は、タクシー需要に応じてあらかじめ免許すべき台数を定め、多数の競願者の中から右台数に見合う人数の者を選んでこれに免許を与えるといういわゆる需給調整を行なつてきたが、昭和三八年に至りタクシー需要の増加により右需給調整をやめ、個人タクシーについても申請順に審査し一定の基準に達する者に対してはすべて免許することとしたこと、しかしこれにより個人タクシー事業におけるハイヤー、タクシー運転者出身の者の比率が下るが結果となり、昭和四二年ころ国会等で右の事態は前記個人タクシー制度創設の趣旨に沿わないのではないかとの指摘がされたこと、そこで被告は、昭和四三年八月一日以降免許年齢の下限を三五歳とし、三五歳以上四〇歳未満の者に対する加重要件のひとつである運転歴としては「申請に係る事業区域においてハイヤー、タクシーの運転者として一〇年以上業務に従事したもの」としたこと、その後昭和四五年三月一二日以降は右運転歴をハイヤー、タクシーの運転者としての運転歴に限らない乙ととし、本件運転歴基準のように改めたが、その理由は、その後のタクシー需要の増加に伴い、個人タクシー事業者の増加を求める世論が高まり、これを増加すべき運輸政策上の必要が生じたので、法人タクシー事業に従事する運転者の個人タクシー事業への大量の流出を防止しつつ、個人タクシー事業者の増加を図るためであつたことが認められるから、昭和四二年ころの国会等での指摘の趣旨と異なる運転歴基準を設定するに至つたことをもつて、その基準が合理性を欠き、被告の裁量の範囲を逸脱したものということはできない。また本件年齢基準において三五歳以上四〇歳未満の者に附加された要件は、ハイヤー、タクシー運転者とそれ以外の自動車運転者とを別異に取り扱うものではないから、ハイヤー、タクシー運転者以外の自動車運転者との関係で不合理なものと認めることもできない。

以上のとおり、本件処分に原告主張の違法はない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正己)

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